大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6648号 判決 1994年8月26日
原告
野原義信
ほか一名
被告
藤本晴雄
ほか二名
主文
一 被告藤本晴雄、同森山次男は、原告野原義信に対し、各自金二八二一万六一七九円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告藤本晴雄、同森山次男は、原告野原要子に対し、各自金二七〇一万六一七九円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの、被告禰屋壮吉に対する請求、被告藤本晴雄、同森山次男に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用中、原告らと被告藤本晴雄、同森山次男との間に生じたものは、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告藤本晴雄、同森山次男の負担とし、原告らと被告禰屋壮吉との間に生じたものは原告らの負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告野原義信に対し、各自金四三八二万六七一八円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告野原要子に対し、各自金三九〇六万六二七三円及びこれに対する平成四年一 一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用自動車同士が出会い頭に衝突したのち、その内一台が暴走し、付近を自転車に乗つて進行中の者に衝突して死亡させた事故で、被害者の遺族から、出会い頭の事故を起こした双方の普通乗用自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、暴走した普通乗用自動車の保有者に対し自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償請求した事案である。
一 争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。括弧内に適示したのは認定に要した証拠である。)
1 事故の発生
(1) 発生日時 平成四年一一月二〇日午後八時五分ころ
(2) 発生場所 大阪府豊中市箕輪二丁目一四番二〇号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(3) 加害車両
<1> 被告藤本晴雄(以下「被告藤本」という。)運転、同森山次男保有の普通乗用自動車(和泉五二も五四〇四、以下「藤本車」という。)
<2> 被告禰屋壮吉(以下「被告禰屋」という。)運転の普通乗用自動車(以下「禰屋車」という。)
(4) 被害者 自転車に乗つていた野原久美子(以下「亡久美子」という。)
(3) 事故態様 藤本車と禰屋車が出会い頭に衝突し、さらに藤本車が亡久美子と衝突したもの
2 亡久美子の死亡(乙一の4)
亡久美子は、本件事故により、脳挫滅の傷害を負い、本件事故現場で短時間のうちに死亡した。
3 被告藤本、同森山の責任(乙一の5ないし16)
本件事故は、被告藤本の過失により発生したものであるから、被告藤本は民法七〇九条により、また、被告森山は、加害車の保有者であるから、自賠法三条により、いずれも本件事故による損害について賠償責任を負う。
4 相続(甲七)
亡久美子の本件事故による損害賠償請求権については、父母である原告らが法定相続分に応じて相続した。
二 争点
1 被告禰屋の過失買任の存否、過失相殺
(1) 原告ら
本件事故は、藤本車と禰屋車が衝突した際、被告藤本がブレーキとアクセルを踏み間違えて暴走し、前方を歩道から歩道へ官転車で横断中の亡久美子と衝突し、同人を自転車もろともガードレールに衝突させて死亡させたものであり、被告藤本には前側方不注視、運転操作不適当の過失があり、同禰屋には一時停止懈怠、前側方不注視の過失がある。
(2) 被告藤本、同森山
本件事故現場は、見通しの悪い交差点であり、本件事故当時は夜間で雨も降つていたことから亡久美子としても交差点を通行する際には、車両に対する安全を確認して進行すべきであつたにもかかわらず、これを怠つたものであるから相当の過失相殺がなされるべきである。
(3) 被告禰屋
被告禰屋は、禰屋車を運転して、本件事故現場の交差点手前まで、時速二〇キロメートルで進行していたが同交差点進入に際し、右折のため時速三ないし四キロメートルに減速して進行したところ、右前方に北から南に走行する自転車に気付き停止しようとしたとき、東から西に進行してきた藤本車が禰屋車の左前部に衝突したもので、衝突時、禰屋車は停止していた。被告藤本は衝突後アクセルを踏み、藤本車を加速させ、亡久美子の自転車に衝突した。右の本件事故態様によると、藤本車の行動は予見不可能な行動であり、被告禰屋には何ら過失責任はない。仮に、被告禰屋に過失があつたとしても、亡久美子の死亡は藤本車の暴走によるものであり、被告禰屋の過失と因果関係はない。
2 損害額
第三争点に対する判断
一 過失相殺
1 証拠(乙一の5ないし7、9、10ないし13、15、16、被告藤本本人)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、別紙図面のとおりであり(以下、地点の表示は別紙図面による。)、歩道も設置され、中央分離帯のある片側各二車線の南北に延びる道路(以下「南北道路」という。)と南東から右道路に突き当たる幅員三・九メートルの道路(以下「南東道路」という。)が交差し、その直近東側に北東からの幅員四・二メートルの道路(以下「北東道路」という。)が東西道路に突き当たる信号機による交通整理のなされていない変則交差点(以下「本件交差点」という。)である。
本件交差点は、市街地にあり、東西道路と北東道路との相互の見通しは悪いものであつた。
(2) 被告禰屋は、北東道路を南西に向かつて時速約二〇キロメートルで進行し、南東道路を右折し、南北道路を左折すべく点で減速して、南東道路左方を確認しつつ進行したところ、左方の少し遠くに北西に進行してくる車両の前照灯を発見したが、先に進入できると歩く程度の速度で進行したところ、点に至り、右方ア点の亡久美子の自転車を発見し、先に横断させるべく停止寸前であつたところ、
(3) 亡久美子は、職場の同僚の竹崎美千子とともに、それぞれ自転車に乗つて南北道路東側歩道を亡久美子が東寄りに二台並進して南進し、東西道路をから南東道路に左折しようと進行中、禰屋車を発見して、その速度が歩く程度であつたことから、その前方を通してくれるものと、大回り左折しようとしたところ、<イ>点で自転車前輪と藤本車前部が衝突し、<6>点の中央分離帯のガードレールに押しつけられた。なお、二台の自転車とも、前照灯をつけ、傘をさして乗つていた。
(4) 被告藤本は、藤本車を運転し、時速約二〇キロメートルの速度で南東道路を北西に向かつて進行し、本件交差点手前で進路左前方の歩行者に気を奪われ、前方注視を欠いて進行したため、<3>点で右方から進行してきた禰屋車をB点に発見、停止すべくブレーキペタルと思つて誤つてアクセルペダル踏んだため、藤本車は加速し、<4>点でC点まで進出していた禰屋車の左側前部に藤本車の右前部を衝突させ、さらに、<5>点でイ点の亡久美子の自転車と衝突し、<6>点の中央分離帯のガードレールに押しつけて停止した(なお、被告藤本の実況見分調書、供述調書、被告藤本本人尋問(乙一の5、)における1点で藤本車が減速し、<2>点で歩行者を見た、その際の速度が時速約一〇キロメートルであつたとの指示説明部分、供述部分は、禰屋が左方確認の際、藤本車を直近に発見していないこと、竹﨑が進行先であるから南東道路を見たはずであるにもかかわらず、衝突直前まで藤本車に気付かなかつたこと(乙一の11)に加え、前記禰屋車の走行状況、亡久美子、竹﨑の各自転車の走行状況、被告藤本のブレーキと間違えてアクセルを踏んだ動転状況に照らして採用できない。)。
以上の事実が認められる。
2 右事実によれば、本件事故は、見通しの悪い交差点に進入するに当たつて、被告藤本が十分減速することなく、前方注視を欠いて進行したうえ、禰屋車を発見後、誤つてアクセルペダルを踏んだため加速し、すでに交差点に先入していた禰屋車、亡久美子の自転車に衝突したものである。被告禰屋は、左方を確認したときには、藤本車が遠方であつたので交差点に進入していたものであり、被告藤本が前方を注視し、誤つて加速することがなければ衝突を回避し得たと認められ(なお、被告藤本の右運転では、禰屋車と衝突しなくても亡久美子の自転車と衝突は不可避であつたというべきであり、禰屋車が本件交差点に進入していたことと本件事故との因果関係も認められない。)、被告藤本の運転操作を誤つた一方的過失により発生したというべきである。
右によると、被告禰屋には過失責任は認められない。
また、亡久美子にも、大回りで左折し、しかも傘をさして自転車に乗つていたことなどの落ち度は認められるが、被告藤本のブレーキを踏み違え、アクセルを踏んで急加速した過失は甚だ重大であり、その重大性に鑑みると、前記落ち度を過失相殺にあたつて斟酌するのは相当でない。
二 損害額(各費目の括弧内は原告ら主張額)
1 治療費・死体検案料(五万二六〇〇円) 五万二六〇〇円
証拠(甲一一の1、4、原告義信本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡久美子の死体検案料等として五万二六〇〇円を要したことが認められる。
2 文書料(九〇〇円) 九〇〇円
証拠(甲一一の2、3、原告義信本人)によれば、本件訴訟のため戸籍謄本、事故証明書を必要とし、取得するために九〇〇円を要したことが認められる。
3 病院への謝礼(二万五〇〇〇円) 〇円
亡久美子は、前期のとおりほぼ即死状態であり、病院では治療の施しようがなかつたことが容易に推認しえ、謝礼を相当とする程度の理由は見出せない。
4 逸失利益(四二九七万八〇四六円) 三〇六七万八八五八円
証拠(甲八、乙一の14、原告野原義信本人)によれば、亡久美子は、平成三年三月短大を卒業し、かねてから希望していた幼稚園教諭として稼働する、本件事故当時、独身の二二歳の健康な女子で、本件事故がなければ、今後とも継続して勤務する予定であつたことが認められる。ところで、亡久美子は、平成四年の給与収入は二三一万七五〇〇円が見込められるに止まつたが、将来的に昇給等が見込まれるから、稼働可能な六七歳に至るまで、通じて少なくとも、原告主張とおり平成三年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・短大卒二〇ないし二四歳の年収額二六四万一二〇〇円の年収を得られたであろうことが推認されるから、収入の五割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、三〇六七万八八五八円となる。
2,641,200×(1-0.5)×23.231=30,678,858
(小数点以下切捨て、以下同様)
2 死亡慰謝料(三〇〇〇万円) 二二〇〇万円
亡久美子の年令、家庭状況などの諸般の事情に照らすと、その慰謝料としては二二〇〇万円が相当である。
3 葬儀費・墓碑建立費(四七六万〇四四五円) 一二〇万円
証拠(甲九の1ないし21、一〇の1ないし3、原告義信本人)によれば、葬儀費、墓碑建立費として原告ら請求額の費用を要し、これを原告義信が負担したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀費、墓碑建立費用相当の損害は一二〇万円とするのが相当であり、これを原告義信が負担したことが認められる。
4 自転車・衣類の損害(七万六〇〇〇円) 〇円
右の損害を認めるに足りる証拠はない。
5 小計
右によれば、原告らの固有分及び亡久美子から相続した損害金は原告義信が二七五六万六一七九円、原告要子が二六三六万六一七九円となる。
6 損益相殺
(1) 被告藤本が原告らに香典として一〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、証拠(原告義信本人)によれば、原告らは、被告藤本の態度が非礼であるとして、香典の受領を一旦は拒否したが、被告藤本からの強い要請で止むなく受領し、全額福祉協議会等に寄付したことが認められるが、受領した以上、寄付等で原告らが全く利益を得ていないことは斟酌の対象とはならず、香典としての相当性を超える七〇万円については原告らの損害の内払い金として原告らの損害に填補されるべきである。
(2) 証拠(乙二)によれば、亡久美子死亡後、祖父の野原伊一に労災保険金として遺族特別支給金三〇〇万円、遺族年金前払一時金四七九万四〇〇〇円の合計七七九万四〇〇〇円が支払われていることが認められるが、支給を受けたのが原告らでないこと、従つて、被告らが原告らに支払つた損害金について、なお、後日政府から求償される恐れはないことによれば、損益相殺の対象とはならないというべきである。なお、特別支給金はそもそも労働福祉事業の一貫として支給され、求償の規定もないから、損益相殺の対象とはならない。
(3) そうすると、右七〇万円を二分の一の割合で原告らの損害に充当すると原告義信が二七二一万六一七九円、原告要子が二六〇一万六一七九円となる。
7 弁護士費用(五〇〇万円) 二〇〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は二〇〇万円と認めるのが相当である。これを原告らが法定相続分に応じて負担したことが認められる。
三 まとめ
以上によると、原告義信の請求は、被告藤本、同森山に対し、各自金二八二一万六一七九円及びこれに対する不法行為の日である平成四年一一月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で、原告要子の請求は、被告藤本、同森山に対し、各自金二七〇一万六一七九円及び同じく平成四年一一月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で、いずれも理由がある。
(裁判官 髙野裕)